青柳城
あおやぎじょう



所在地:長野県東筑摩郡筑北村坂北青柳
最終更新日:2018.3.2

   
<2018.3.2記>
青柳城に着いた時、辺りは霧に包まれていました。霧の中から次々と現れる堀切や石垣はただただ幻想的で、寒さも忘れてしばし見とれてしまいました。主郭に辿り着く頃にはわずかながら霧も晴れてきて、自分が霧というより雲海の中を彷徨っていたのだということに気づかされ、またまた神秘的な気分になりました。青柳城は主要部より高いところに駐車場がありますので、比高差を感じることができないんですね。もちろん車では沢山登ってきているのですが、主郭から見下ろす風景があまりにも低いところにあるので、神秘的な気分が一層強くなるのだと思います。
青柳城は小笠原氏の一族である麻績氏の出ですから、信濃では名門の部類です。戦国期は仁科氏から養子に入った青柳清長の時代で、信濃守護職だった本家の小笠原氏とは袂を分かって、信濃に侵攻した武田信玄に従属して青柳の地を死守します。川中島の戦いでは武田信玄が一時居住したこともあったようで、更には上杉謙信により攻め込まれたこともあるのだとか。青柳氏は武田氏滅亡後もこの地を死守し続けますが、信濃が徳川氏の支配下に入った後に信濃に入った小笠原氏によって謀殺されました。小笠原氏にしてみれば、武田氏に侵攻された時点で主家を裏切った青柳氏は許せない存在だったのかもしれませんね。
青柳氏の居館は現在の清長寺にあって、青柳城がいわゆる詰めの城としての役割を担っていました。尾根筋を堀切で断ち切った簡単な作りですが、主郭周辺はがっちりと石垣で固めており、川中島近辺の諸城同様、堅固な石の城となっています。現在、模擬城門が整備され、城域内の遊歩道も完備していますので、大変見学のしやすいお城となっています。信州には見どころの多いお城が多いですが、こちらも間違いなくお勧めです。
ランク 県史跡
門(模擬)、石垣、堀
創築:16世紀?青柳氏
青柳氏
アクセス 青柳城までの道は農道のようなくねくね道ですが、坂北駅の東側を走る県道467号線から丁寧な案内看板が出ていますので、ひたすらそれに従って進みます。最後は獣除けの門扉を自分で開け閉めして進むと、すぐに青柳城の駐車場が現れます。車道の下に模擬城門が築かれており、主要部はその先、道を下った先にあります。山を登ってお城に行くことに慣れた方にはちょっと違和感があると思いますが、「山を下るとお城がある」のでお間違えのないように。


青柳城フォトギャラリー





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