土浦城
つちうらじょう



所在地:茨城県土浦市
最終更新日:2017.6.13

   
<2001.9.2記>
古くて小さな町のまんなかに、この城はこじんまりとたたずんでいます。狭いお堀と低い土塁。お城というにはあまりにものどかな構えで、今日も通学帰りの学生たちを見送っています。あんまりにも無防備に見えるこの城では、本来重厚な作りのはずの太鼓門までが、なんとなくかわいらしく見えてしまうから不思議です。
お城の中の階段の脇に、仲良く自転車を並べておいて、制服姿の女子高生が階段に腰を下ろし、隣に立つ男子生徒となにやらおしゃべりをしていました。どんな話をしているんでしょうね。。
戦国時代、土浦城は小田氏の被官であった菅谷氏の持ち城でしたが、肝心の小田氏が小田城を追われて土浦城まで逃げてきたりと、結構散々な目にあっているようです。小田原の役後は一時結城秀康の領地となったこともありましたが、関ヶ原の戦いの後、松平(藤井)信一が改めて土浦藩主となったことで、現在の土浦城の形に整備されたようです。もっとも、土浦城を最も特徴付けている外郭の「二重馬出し」等は、江戸時代のずっと後になって、松平(大河内)氏が藩主だった時代に築かれたらしいです。
現在は大変こじんまりとしてしまった土浦城ですが、かつては五角形の堀が何重にも巡り、前述の二重馬出しによって厳重に守られた名城でした。また、これも現在ではほぼ直線に改められていますが、土塁とその上にあった土塀は屏風のようにきざぎざに織り込まれ、かなり実戦的な構えを呈していました。本丸に現存する太鼓門は、関東に唯一、旧位置に現存する櫓門です。本丸に建つふたつの櫓のうち西櫓は、1950年の台風で倒壊した際の旧材を使用して、平成になって再建されました。なお、城下をくまなく歩くと、そこそこに土塁の跡や堀の跡が見受けられるそうです。

<2010.2.28記>
その後何回となく、このお城を訪ねる機会がありました。現在はこじんまりとしているお城が、かつては城下町をも巻き込む、平面五角形の巨大な城郭であったことや、巨大だった頃の名残を留める土塁の残欠が、市内の複数の場所に眠っていること等を知りました。そんなわけで、まだまだ見切れが気がしないお城です。
太鼓門の前にある桜の木の枝はとっても低くて、ある雨の日に訪ねた際には、傘ごと「ばさっ」とこの枝に激突しました。いや、私の目にはただ太鼓門しか映っていなかっただけなのですが(笑)。
ランク 100選、こんな城、茨城県4位
櫓(旧材を使用して再建)、門(現存)、土塁、堀
創築:不詳 改築:慶長6(1601)年、松平信一
菅谷氏、松平(藤井)氏、西尾氏、朽木氏、土屋氏、松平(大河内)氏、土屋氏(土浦藩、95000石)
アクセス 土浦城は土浦市の真ん中に「亀城公園として開放されていますので、まず迷うことはないのですが、車を置く場所には案外困ります。土浦市立博物館の駐車場に車を停めて、博物館と土浦城を同時に見学するのが一番安心感のあります。


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