真壁城
まかべじょう

(茨城県桜川市)
最終更新日:2011.9.22

地図

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<2011.9.22記>
航空写真で見ると、「なんじゃこりゃ?」という光景が浮かび上がってきます。田んぼの中に、巨大な近世城郭が眠っている感じです。近隣の小田城と並ぶ、「航空写真で見る価値のあるお城」です。
現地には何度か足を運んでいます。驚かされるのは、二の丸跡に無造作に積み上げられた土砂の塊。現在体育館が建っている本丸よりも二の丸の方が若干高くなっているのは、一説によれば本丸側の土砂を削って、二の丸側に積み上げたから。そうなると、本丸と二の丸の間に点在する手ごろなサイズの石たちは、もしかしたら石垣だったのかも・・・という、うがった見方をすることもできます。何しろ真壁は真壁石と呼ばれる花崗岩の産地。さぞ立派な石垣があった・・・と推察されるのですが、意外なことに、真壁城からはこれまで石垣が発見されていません。今のところ真壁城は、「石の町」にある「土の城」ということになります。
お城は徐々に整備が進んでいるため、次第次第に「田んぼの中の近世城郭」という印象が薄れてきています。いつも思うことですが、田んぼの中に堀や土塁の痕跡を探す方が、個人的には情緒があってよいなあ、と。ただ、かつてあった姿にできるだけ近い形で復元し、誰がみても城郭だと分かる形にしていくのも、歴史を後世に伝える意味では大切なことですから。整備が完了するまで、あと何回か真壁城に通って、公園化される前の風情を精一杯楽しみたいと思います。
Data
ランク 「茨城県9位」
城門(移築)、土塁、堀
創築:承安2(1172)年、大掾長幹、改築:慶長11(1606)年、浅野長政
真壁氏、浅野氏(真壁藩、50000石)
江戸時代の始め、浅野長政がこの地で隠居することにより、真壁藩(50000石)が成立します。現在の真壁城はこの時に整備されたものと考えられ、れっきとした大名の近世城郭として築きなおされています。ただし浅野氏はやがて笠間城に移りますので、真壁城が近世城郭として機能したのは、ほんの15年程度のことでした。逆に言えばこの15年間の築城技術が、このお城には凝縮されているということになりますが。
近世城郭に生まれ変わる前の真壁城は、常陸の名族・大掾氏の流れを組む真壁氏の本拠地であり、その始まりは実に1172年と言われています。一般に鎌倉幕府が出来たと言われるよりも、ずっと前のことになります。真壁氏18代、凡そ400年の治世です。400年というと長いですが、真壁氏が佐竹氏に従って真壁を去り、秋田に移住してからもまた400年が経過しました。真壁の歴史の長さを感じます。
城域は概ねよく保存されていますが、中世以来の居館があったとも言われる本丸は体育館となり、その際かなり土が削られているようですから、本丸に何かが残っていることに対する期待は薄いものと思われます。そのかわり、広大な三の丸とそれを囲む土塁の発掘整備が進み、近世城郭としての真壁城が、次第に昔日の姿を取り戻しつつあります。





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