府中城(石岡陣屋)
ふちゅうじょう(いしおかじんや)



所在地:茨城県石岡市
最終更新日:2017.7.23

   
<2017.7.23記>
茨城県石岡市という場所は今でこそ一地方都市でしかありませんが、かつては常陸国府、国分寺、国分尼寺が集中する、文字通り常陸国の中心地でした。現在残る各々の遺構や伝承地を見る限り、枢要施設がこれだけ集積していた国というのも珍しいのではないでしょうか。石岡という土地がかつてどれだけ重要だったのかが、この一事だけでも窺えそうな気がします。
府中城はそんな石岡市のど真ん中、現在の石岡小学校のある場所にあります。この「府中」という名称がそもそも「国府のあった場所」のことですよね。ちなみに「石岡」という地名は明治2年の版籍奉還で府中から解消されたものなので府中城、または府中陣屋とするのが正しいと思いますが、一応「石岡陣屋」という別称も補記しておきます。
府中城は常陸大掾氏によって築かれたのが最初ですが、近世の府中城は六郷氏、皆川氏、そして水戸徳川氏(松平氏)によって利用された陣屋でした。当然、現在残る遺構も陣屋時代のものということになります。六郷氏は佐竹氏と入れ替わりに六郷城から移ってきた陸奥の人で、頑張って再び陸奥へと返り咲きました。また皆川氏は皆川城から飯山城に移り、松平忠輝を巡るごたごたに巻き込まれて一度は大名の座を滑り落ちながら、頑張って再び大名へと返り咲く人物です。府中には頑張りやさんが多いのでしょうか。
石岡小学校の正門として残る門はかつての陣屋門で、数次の移築を経て現在地へと辿り着きました。東日本大震災では結構傷みましたが、平成28年に修理を終えました。その関係で私が訪ねた際には、控え塀がほぼ新築同様の輝きを放っていました。違和感があるといえばありますが、風合いが一体化するまでそれほどの時間はかからないでしょう。
ランク 市史跡
門(移築)、土塁
創築:貞和2(1346)年、大掾詮国 改築:元禄13(1700)年、松平頼隆
大掾氏、佐竹氏、六郷氏、皆川氏、松平(水戸)氏(常陸府中藩、20000石)
アクセス 地図は陣屋門を正門に持つ石岡小学校を示しています。カーナビも石岡小学校が便利ですし、石岡小学校には大土塁の一部も残っています。駐車場は石岡市民会館のものが使えます。
陣屋は概ね石岡小学校の場所ですが、府中城時代の主郭は更に西側の住宅地の中だったようです。ただ見学には不適なので、石岡小学校の周囲と陣屋門を眺めれば十分ではないかと思います。


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