磯部城
いそべじょう

(群馬県安中市)
最終更新日:2017.1.4

地図

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<2017.1.4記>
磯部城は小さいながらも城址公園として整備されており、しかも桜が一面に植えられているということで。
桜満開の季節ともなれば、それこそ花見客でごった返しているのかもしれず・・・
といった危惧を抱きつつ訪れた磯部城には、人っ子一人見当たらず(笑)。
噂に違わず、満開の桜が雪の如く花びらをひらひらひらひら散らし続けているといふに、愛でる人の一人なきこの悲しさを如何にせんとや(笑)。
まあ確かに安中市界隈ともなると花見のできる場所は何も磯部城に限ったものでもないわけで、近隣住民の皆様に何ら悪気はないはずで、むしろ城跡をこうして公園として開放し、あまつさえ部外者である私のようなものに満開の桜をプレゼントして下さるという気前の良さには恐縮こそすれ恨みがましく思う気持ちは決してもつべきではなく。。。とはいうものの、せっかくの桜ですから、それだったらむしろ賑やかな方がよかったなあ、と。なんだか磯部城も淋しそうに見えてしまいました。
Data
ランク -
土塁、堀
創築:正治3(1201)年、佐々木盛綱 改築:永禄5(1562)年以降、武田信玄
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磯部城の歴史ははっきりしません。縄張上の見地から見ると主郭下の土塁を伴う横堀や全体に丸みがかった構造など、武田氏の手によるものと推測できる遺構が目立つので、永禄5(1562)年以降に上野国に侵攻してきた武田氏によって修築の手が加えられたと考えるのが自然なようです。ただ永禄5年に即座に修築されたという根拠はなく、上記の「改築」年代は「永禄5年以降」という曖昧な表記とさせて頂きました。
お城は比高40mくらいの丘の上に主郭を置き、細い空堀を隔てて二の郭を構え、丘の手前に三の郭と称する大型の曲輪を配しています。二の郭と三の郭の間にはデジャブのように同じ形状の横堀が連続し、このお城の攻め口であり弱点ともなり得る谷間の通路を防御しています。縄張図によってはここを「馬出し」としているものもありますが、この形状で馬出しはないでしょう。
小さいながらも横堀を中心に綺麗な遺構を残すお城で、公園としての整備が進んでいますから探訪も容易です。どうせなら桜の季節に訪ねて、桜を独占するのもよいかも。





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