高城(赤尾津城、天鷺城)
たかじょう(あこうつじょう、あまさぎじょう)



所在地:秋田県由利本荘市
最終更新日:2017.4.29 

   
<2017.4.29記>
何もない、といってもよさそうな山城でした。明るい時間帯にしっかり眺めれば、山頂付近に存在する各種施設(駐車場とか遊園地とか)が各々の曲輪を形成していることがわかったのかもしれませんが、夕暮れ時の訪問では城址碑を捉えるのがやっとでした。
高城の歴史はどこまでが本当なのかが悩ましいところもあるのですが、遡れば坂上田村麻呂の時代に天鷺速男(あまさぎはやお)という豪族の拠点となっていた、というところまで遡れるようです。山下の亀田城模擬天守が「天鷺村」を称しているのは、このお城のある山がかつて天鷺山、天鷺城と呼ばれていたことに由来するそうですから、少なくとも天鷺城の伝承は生きていますね。
戦国時代の高城は、赤尾津城(あこうつじょう)と呼ばれていました。赤尾津城に拠ったのは由利十二頭の一人である赤尾津氏で、信濃から出羽に入った小笠原氏一族が赤尾津氏となったものと伝えられています。
由利十二頭は戦国時代の終わりごろまで小さないさかいを繰り返し、大大名化することがないまま織豊時代を過ぎ、関ヶ原を迎えます。赤尾津氏は最上義光のもとで東軍として山形まで出陣しますが、何があったのか無断帰国したために所領没収となりました。策士の最上氏のことですから、自己の所領拡大のために赤尾津氏を騙すことくらいは平気でやりそうですが・・・
赤尾津氏の去った高城には最上氏の重臣である楯岡満茂が入りましたが、満茂は本荘城を作ってそちらに移ります。元和9(1623)年になって岩城氏によって亀田藩が成立しますが、岩城吉隆は山頂の高城を用いずにその北麓に陣屋(亀田城)を築き、高城が復活することはありませんでした。
ランク -
曲輪
創築:不明
天鷺氏、由利氏、赤尾津氏、楯岡氏
アクセス 亀田城の背後に聳える山です。山頂近くの高城城址公園まで車道が通っています。「天鷺ワイン城」あたりをカーナビでセットすれば容易に辿り着けると思います。





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